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東京高等裁判所 昭和45年(う)531号 判決 1970年6月30日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

<前略>

(当裁判所の判断)

控訴趣意第一、事実誤認の主張について

所論によると、原判決は、「進路右前方約7.7メートルに既に右折して進行していた菅井義雄運転の大型貨物自動車を発見した過失により、右車両に自車を衝突させ、うんぬん。」、と判示し、菅井運転の車両が、本件交差点で既に右折を開始した車両である、と認定しているけれども、本件道路は、上、下各三車線あるところ、被告人の自動車は、道路左端の第一通行区分帯を進行しており、菅井の車両は、当時まだ右第一区分帯にかかつていなかつたから既に右折を開始したものとはいえない、と指摘し、原判決の事実誤認を主張する。

しかしながら、道路交通法第三七条二項で「交差点において既に右折している車両」とは、交差点内で、車首が、右方に向きを変え、車体の一部が、既に中央線を越えて対向車線内に入つた状態を言うものと解する。そして、原判決挙示の証拠、ことに司法警察員作成の実況見分調書によると、本件道路は、車道の幅員が二一メートルあり、上、下線とも各三車線となつていることろ、菅井は、本件交差点を右折するため、その手前二〜三〇メートル辺から第三区分帯に入り、中央線に沿つて進行し、交差点に入つて右折を開始し、右向きとなつて、既に車体の前部が中央線を越え対向車線内に入り、右最前部が、対向車線(第一区分帯)の歩道側端から5.35メートル(中央線を5.15メートル越えた地点)にきた時、左前方28.4メートルの地点に被告人の車両が、対向車線の第一通行区分帯を直進してくるのを発見し、更に進んで右対向車線の側端から1.80メートルの地点で、自己の車両の運転台左側と、被告人の車両の前部とが衝突したことが認められる。右のとおりであるから、被告人が、本件交差点に入る相当手前で相手方菅井は、既に右折していたものと言うことができる。所論に鑑み、証人横山正の原審並びに当審における各供述を十分吟味しても、当時、なお、右菅井車が、右折を開始していなかつた、と疑うに足りる証跡を見出すことができない。したがつて、菅井運転の車両が、被告人の進路である第一区分帯に進出するまでは、既に右折したものとは言えない、との所論を前提とし、相手方菅井の車両は、まだ右折していない、という所論は容認することができない。

次に所論は、原判決は、「しこうして当時車両が渋滞し、交差点には、先入の車両が二台並んで停車しており、うんぬん。」と判示しているけれども、証拠上そのような事実は認められない、と主張する。

よつて、原審記録を調べると、原判決の、「被告人および弁護人の主張に対する判断」と題する説示中に所論のような記載が存するが、司法巡査作成の実況見分調書、原審証人菅井義雄の供述、及び被告人の昭和四三年一一月二六日付司法巡査に対する供述調書によると、被告人の進行してきた道路の第二、第三通行区分帯には、車両が渋滞し、その先頭車両は、交差点入口で停止していたことを認めることができるから、原判決は、このことを判示したものと解せられ、原判決には所論のように事実を誤認した違法は認められない。その他、原判示事実は、原判決挙示の証拠でこれを証明するに十分であるから論旨は理由がない。

控訴趣意第一 法令の適用の誤りの主張について

所論によると、原判決が、相手方菅井義雄の車両に優先通行権があるとしたのは、道路交通法三七条一項、二項の解釈適用を誤つた違法がある。すなわち、同条は一項が原則であつて、二項は例外に過ぎないから、交差点における直進車、左折車に、右折車に対する優先通行権があることを認めたものである、と主張する。

よつて按ずるに、同条は、直進車、または左折車が、右折車と同時に交差点に入ろうとする場合に、直進車、または左折車に優先通行権のあることを認めたものであることは所論のとおりであるが、一方、同条二項により交差点で既に右折している車両がある時は、直進車といえどもその進行を妨げてはならないことと規定している。ところで、本件の場合には、前記のように、相手方車両たる菅井車が、既に交差点内で右折していたのであるから、原判決が、被告人に対し相手方車両の右折を妨げてはならない、としてその過失責任を認めたのは正当であり、原判決には所論のように法令の解釈適用を誤つた違法は認められない。

また、所論は、原判決は、「被告人は、一旦停車して諸車の流れ、その他道路の安全を確認すべきにかかわらずこれを怠り、うんぬん。」、と判示するけれども、先入の車両二台は存在せず、しかも、信号機が青色を現示していたのであるから、たとえ第二、第三通行区分帯上に車両が停止していたとしても、被告人には一旦停止すべき法律上の義務はないから原判決は、刑法二一一条の解釈、適用を誤つた違法がある、と主張する。なるほど、被告人の進路の信号は青色であつたとしても、交差点においては、前方を右折する車両がありうるのであり、ことに、本件の場合、前記のように、交差点を通過する車両の流れが渋滞し、被告人の進路の第二、第三通行区分帯には、車両が並んで停止していて右折車の有無の見とおしが困難であつたばかりか、このような場合には、第二、第三通行区分帯に停止している車両の前方を右折する車のあることを容易に推測できるのであるから、すくなくとも、被告人は、減速、徐行して進路の安全を確認してから進行すべき業務上の注意義務があつたものと解せられる。原判決の罪となるべき事実の記載によると、原判決は、右同旨の注意義務を認めたものであるから相手方車両の運転者にも、一時停止して、対向車線の第一区分帯の交通の安全を確認するなど事故を未然に回避するための適当な措置をとらなかつた点において、若干の責任はあるとしても、原判決の判示そのものは正当であつて、所論のように法令の解釈、適用を誤つた違法は存せず、論旨はいずれも理由がない。(樋口勝 目黒太郎 伊東正七郎)

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